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今日の訓読のみ言友の会

神山先生が2014年9月下旬日本を巡回講演されました。 この巡回を機に集会に参加した食口たちを連結し、正しい原理観・摂理観に立った道を歩めるよう共に学び、助け合う「友の会」を結成しました。心ある食口、祝福家庭の多くの参加をお待ちしております。

なぜ怨讐を愛するか?(11月25日)

Nov.25.2015 今日の訓読のみ言  

 

なぜ怨讐を愛するか?

                        御旨の世界 P.886

   アベル的自分の家族を復帰するには、カインを先に復帰しないといけない。これが宗教世界の一番難しい点だ。それを今まで分からなかった。先生が生まれてきてみんな教えているのであって、今まで誰も分からなかった。なぜ怨讐を愛するか問題だなぜ神様は、それを残して今まで闘ってきているのかサタンなんか一遍に切ってしまえばいいのに、全知全能の神がなぜそのままおいておくのか。宗教、哲学が質問する重大な問題だ。なぜか?なぜ?分からないんだね。あなたたちはそれをはっきり分からなければならない。

  サタンは今何をねらっているか? 神様をちゃーんとねらっている。「神様が神様になるためには、永遠なるその理想の基準を永遠に保つお方でなければならないそれを神様に言ったら神様は、「それはそうだよ」と言うんだよ。サタンは言うよ。神様、わしをそもそも天使長として立たせた時には、一時的に愛するために立たせたか、永遠の愛のために立たせたか。神様困るよ。どう答える? (永遠に愛するためです)。一時的に愛するためにやったとしたら一時的神様だ。永遠に愛するという基準をもたなければ、サタンの前に神様の権限を押し出すことができない。だから、神様が神様になるには、サタンがいかなる世界をかけて反対しても神は神でなければならない。神様が愛した条件基盤を強要した場合には落第だ。大変なことだね。

わし(サタン)は堕落して、こういう悪い者になったんだけれど、君(神)は、善なる者は変わったりするような、わしに似たような方法をとることはできないじゃないの。わしは喧嘩好きになっても、君は喧嘩好きになったらいけないじゃないの。ぶたれても黙っていなければならないじゃないのと言うんだよ。無抵抗主義だね。

 それはなぜか。世界に天国理想、悲願の世界を果たすまで、いかにつらい立場においても天使を愛すべきなのが、神の理想ではありませんか。神は、サタン圏内においてサタンが暴れ回るといっても、罰するとか切ってしまうことはできません。どこにおいても愛したという基準を立て、サタン自体が「ああ、実に神様は神様である。参りました」と告白しない以上は、神様は権限を振るうことができない。それが問題だ。分かりました? その問題で神様は紐で縛られている。どうにもならない。だから、天国に行くには、サタンが試験してみる。神みたいに神の子たる者は天国に行くようになっているから、神様がそういうような立場に立って、サタンを愛によって屈服させていかなければならない基準をとっているとするならば、神の子供としては、その道を行くのが正義の道であり、伝統的親から受け継いだ子供の行く道であるちゃんと理論的である。

 だから天国に入りたい者は、みんな神様の位置と同じような立場に立って、サタンを愛した条件の権限をもたなければなりません愛はどのくらいか。世界的に迫害されても、世界的な怨讐圏に立っても、愛するという条件を満たさなければならない。そのことは神も引っかかっているし、神の子供になろうとする宗教界のすべての者が引っかかっているというんだね。これは大変だ。内容は簡単だけれど、神様とサタンの戦いの、天下分け目の境界線になっているということは誰も知らなかった。この峠を越えるのに、神が敵を敵として、怨讐を怨讐として、それに復讐するという思想をもったとすれば、絶対にこの峠を越えることはできない。そういう観点から、神はどういう作戦をしたかというと、「怨讐を愛せ、怨讐を愛せ。説明は通じなくても、説明はしなくても、結論として言うのは、怨讐を愛せ」ということである。

 だから、イエス様が神の愛をもった神の相対者、第一の子供として生まれた以上は、サタンの前に立って、自分を殺そうとする怨讐に対して祈ったということは偉大なことだ。偉大だ、それをしたんだから。イエス様は死んでも、怨讐に対して敵愾心をもったら摂理は逆転する。愛の主張でもって乗り越えたんだから、サタンはそこから屈服する。神の子供になり得る資格が立つ。サインするんだね。神の前にあって、「おお、サタン。わしは神の子供に違いないだろう?」「はい、はい、よろしゅうございます」「わしについて来る者は、今から神様の愛の相対圏を拡大する。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界圏を拡大するのに意見はないだろう?」「はい、それは原理的だから仕方ありません」。

 こういうような契約の条件に従って、キリスト教文化圏を中心として摂理を進めてきた。犠牲の道、殉教のそういう境地、血だらけの境地において神を愛すると主張をする運動。それは家庭運動、社会運動、国家、世界運動。反対した国家を愛するキリスト教の愛によって、その反対していたローマ帝国が屈服される。カインが屈服する、そういうふうにして世界的な宗教になった。分かりました?


  公開質問状&反論まとめ

「今日の訓読のみ言」復興集会 映像まとめ


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