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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

一人のアダムを求めた歴史(4月6日)

Apr.6.2017 今日の訓読のみ言

一人のアダムを求めた歴史

御旨と世界 P.203

 神から見た場合、天使長、アダム、そして愛の理想の基準を求めて創造してきたのだから、我々復帰路程において、再創造の原理を通して行かなければならない立場から考えてみた場合、我々人間は、まずもって天使長圏を復帰しなければならない。 

 

 信仰というものは、相対者がはっきりしていないものだ。相対圏がはっきりしていれば、これは信仰ではない。だからこれは何を意味するかというと、信仰をもつというのは、無形実体圏を求める立場が、信仰圏である。信仰は理想の実体がはっきりしていないというんだね。それを求めつつ行くところが天使長圏である。過程圏においた立場が天使長圏だから、その過程を通過する期間において、我々信仰生活が必要である。信仰生活の行くべき道は、天使長が行くべき道の過程を、我々は歴史を通して、たどって行かなければならない。 

 

 復帰原理から見た場合に、僕の僕時代から、僕時代に上がってくるんだね。再創造の道だよ。僕の時代から養子圏を通して、実子圏を通して、本然の完成基準を通して、理想的な愛を横的な世界において求めていくのが、アダム、エバ、イエス様を中心として新郎、新婦の理想である。その完成まで行くには、天使長過程、アダム完成過程を通し、縦的な神の愛を受けることによって、横的な出発がなされる。だから今までの歴史は、結局、アダム一人を完成させ、神の相対の位置に立たせて、神を迎え、完成された愛を満たすことによって、その愛がアダムと一つになっているから、横的な中心者に立つのが新郎である。中心者の前に相対的に立つのが新婦である。これが一つになったとすれば、神とアダムが一つになり、アダムとエバが一つになり、神とアダムとエバが一つになれる。そこにおいて、愛によって縦横が完全に統一される。だから四方八方、どこに行っても喜びの立場である。その環境を我々は天国という。

 

 ここを願った神の御理想が堕落のために破られてしまったのだから、それを再創造する。ここにおいて問題になるのは、サタンの存在である。天使長圏が完成されれば、サタンというものはなくなってしまわなければならない。天使長の完成は天使長によってなされるのではない。アダムの完成によってなされるのである。だから、アダムが 完成した場合には、天使長理想が完成されるとともに、サタンという存在位置はこの天宙になくなってしまう。天使長が未完成圏にいるのであるから、未完成のサタンもいることができる。完成された場合には、残ることができない。サタンは完全に退けられる。だから、アダム完成が最後の問題である。だから神は、今まで、アダムを完成させるためにやってきた。これがメシヤである

 

  堕落した人間が再び神のもとに帰るには、天使長のところを通過していかなければならない。天使長は僕である。僕を主人として迎えていかなければならないから、僕の僕となる。僕の僕として立ち帰ろうとすれば、サタンというものは偽りの主人である。

 僕としての最高の理想は何かといえば、最高の主人を迎えることである。最高の主人は誰かといえば、自分のためにやってくれる主人(神様)、を求めなければならない。 

 堕落は、自分を中心として神の理想を奪い取ろうとした。神の理想は愛である。その愛を自分に引き付けようとしたのが堕落である。だから自分を愛するという条件を満たすところには、絶対復帰の道は生まれてこない。  


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