生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。
三大原則 絶対服従
『文鮮明先生み言選集』
後天時代の生活信仰
絶対服従とは、常に自分の観念がない立場です。存在しているという観念もありません。すべてのものを投入して、忘れるからです。無限の低気圧によって無限の高気圧が生じるようになっています。絶対無限の低気圧と高気圧が垂直の所に来るのです。そこで自然と一つになります。偉大な力がそこに生まれるのです。絶対投入して忘れることによって、無限の力が存続し始めます。
それはなぜかというと、投入して忘れるという観念には、投入して忘れる神様の愛の心情が連結されるからです。ですから、宇宙は消耗しないのです。
真の愛が行く道は、消耗という負荷がかかって小さくなるということはありません。投入した以上のものを投入しようという観念の世界が永遠に運動するので、その中には、自分の消耗現象というものがありません。真の愛の世界は、力が作用すればするほど拡大します。(289-96)
「絶対服従」という言葉の意味の中には、自分の意識がありません。意識がある限り、それは従順です。服従とは、意識がないのです。神様が創造されるとき、神様御自身が存在意識を忘れてしまわれ、絶対無の立場で、絶対真空の立場で投入されたので、絶対高気圧圏の愛の相対を探し出すことができると考えるのです。それは理論的です。(273-2197)
神様は私と同じように考えをもっていますが、その考えが大きいのです。愛もありますが、その愛が大きいのです。大きなもののために生きるものを「主体」といいます。ところが、堕落した私たちは、小さな私を中心として「主体」と言っているのです。これは相いれません。
それで堕落した人間には絶対服従という命題を掲げるのです。神様は絶対的に大きな主体ですが、小さな主体がプラスとプラスで反発するのです。ですから、絶対主体であられる神様の前に完全否定していきなさい、マイナスになりなさい、このような意味の服従です。完全にマイナスになれば、一瞬のうちにプラスにぴたっとくっつくのです。それが天地の道理です。(127-264)
*絶対主体であられる神様の前に完全否定していきなさい、マイナスになりなさい、このような意味の服従です。(127-264)
*偉大な力がそこに生まれるのです。無限の力が存続し始めます。
神様の愛の心情が連結されるからです。(289-96)
※ 本文中、各文章の末尾にある( )内の数字は、原典『文鮮明先生み言選集』の巻数とそのページ、または、み言の日付を示しています。
例:(123-456)=第123巻の45六ページ、(2001・1・1)=2001年1月1日
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