今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

神様の摂理から見た南北統一 8-3-2 人類は故郷を尋ねていくべき旅人(4月20日)

Apr.20.2023 今日の訓読のみ言

神様の摂理から見た南北統一 

第八章 我々の祖国と一つの世界
第三節 故郷復帰と聖殿復古運動



二.人類は故郷を尋ねていくべき旅人

 

 故郷というのは父母がいる所です。父母を通して私が生まれた所が故郷だというのです。それを知らなければなりません。(九〇―一〇七)

 

 本来、神様が人類に許した故郷は一つの場所です。そこがアダム家庭が暮らす所でした。それでは、その故郷の主人は誰かと言えば、神様です。また、故郷の主人は誰かと言えば、神様を中心とした、その時の真の父母です。アダムとエバが堕落しなかったなら、その時代に真の父母になり、神様と一つになったでしょう。それが真の父母の愛の圏から起こり、愛を中心として出発した基地が人類の故郷になったのです。

 

 そうすれば、父母が一つになっていたはずであり、神様と完全に一つとなっていたはずであり、息子、娘たちが完全に一つとなっていたでしょう。ところが、反対になったのです。堕落することで、エバがアダムを誘惑し、お互いに死の道へ引っ張っていきました。また、カインが弟のアベルを殺し、そこを戦いの場に変えたのです。ですから、偽りの父母から出発したのです。偽りの故郷に出発したというのです。そして、偽りの国ができたのです。偽りの世界ができてしまったというのです。

 

 このようにサタンが支配する世界になったので、ここに善なる人たち、故郷を探しにいくという天の役軍たちが来れば、全部捕まえて殺したのです。ですから、宗教は迫害を受けるのが当たり前になったのです。今までアブラハムからヤコブ、モーセ、イエス様、イスラエル民族、そしてキリスト教まで全部さまよう群れとなったのです。真なるものを求めてきたのですが、自分の祖国がないので追われて死に、犠牲になるのです。

 

 レバレンド・ムーン、統一教会が今、追われるのです。追われて、どこに足をつけるのですか。ですから、我々は早く兄弟にならなければならないのです。サタン世界にいる人もすべてを知ってみると、兄弟です。兄弟なのです。弟であり、兄であり、姉であり、妹です。ですから、このようなことを言うのです。「サタンよ、お前が二十四時間動けば、私は二十五時間動くのだ」という心をもってこそ、奪ってくることができるのです。「お前が憎めば、私は愛で対決する」、こう言わなければなりません。(拍手)凄いのです。たまらないのです。

 

 それでは、神様の恨とは何ですか。故郷! イエス様の恨とは何ですか。故郷! 数多くの義人たちの願いは何ですか。故郷! その次は、祖国を探すことを知らなければならないのです。これは、人類の希望であり、宗教人たちの希望であることを皆さんは知らなければなりません。分かりますか。(はい)。(一〇二―二六一)

 

 故郷というのは、それが何なのか分からずに懐かしさが込み上げてくるものです。旅行すれば寝る部屋が毎日変わりますが、目が覚めて水が飲みたくなれば、寝ている部屋が変わっているにもかかわらず、きのう寝ていた所の水道がある方向に行くようになります。そして、じっくり考えてみると、きのう寝ていた所と違います。このように、違う環境に出合う時ごとに、ふと、考える所が故郷なのです。故郷のすべてのことが、どれほど懇切に恋しいか分かりません。ですから、旅行する人はいつも故郷を忘れることができないのです。

 

 堕落した人類は、故郷を探しに行かなければならない運命にある旅人の立場です。ですから、情の行き場がありません。もし、どこかに情がいくとしたなら、帰ることができないのです。今日、我々はこのように旅人と同じ立場にいるので、(故郷に)入らなければなりません。入って行く際、故郷にために役立つ何か、故郷に行って誇ることができ、残すことができる何かをもっていかなければなりません。それを探そうと努力して故郷に行ってこそ、本当の故郷の味を知ることができるのです。しかし、故郷に対して無関心に過ごすと、故郷に行ってもその味が分かりません。

 

 今日まで、宗教というものは、人間たちが故郷を追求するために多大な貢献をしてきました。天国に行こう、あるいは理想世界に行こう、極楽世界に行こうと言いますが、そのような所は我々が暮らす所ではありません。我々が永遠に暮らすことができるのは本郷の地だというのです。まさに、このような面において、宗教が本郷を追求するために貢献したのです。それでは、そこはどのような所ですか。すべての条件が備わっている所です。心と体が少しも不足を感じない完全無欠な所です。そこを人類は今、追求して進んでいるのです。(二三―七八)

 

 今日、我々が本郷の地を慕うのは、その故郷には、誰よりも近い父母がいて、兄弟がいて、親戚がいて、いつも私を引っ張ってくれるからです。また、いつ訪ねていったとしても、私を昔と同じように迎えてくれ、私が苦しい時にはその難しい事情に同情し、慰めてくれ、私を喜んで迎えてくれるからです。もしそれがなければ、本郷が懐かしく、好きで訪ねていったとしても、懇切に愛した当時の心情はなくなり、かえって嘆息の条件をもって帰るようになることを知らなければなりません。ですから本郷の地には必ず、迎えてくれる人がいなくてはならないのです。(二三―八〇)

 

 今日、堕落した人間は故郷を離れています。あるいは祖国を失った状態にあります。ですから、我々はその本郷の地と国を探さなければなりません。我々を迎えるために、神様が準備された方がいらっしゃれば、その方に出会って、永遠に暮らせるその本郷の地を必ず探さなければならないのです。そのためには、皆さんがこの地から準備しなければなりません。再臨の主といつ、どのような時に、どのように因縁を結んだかという、そのような内容をもって行かなければなりません。このような運命に置かれている皆さんであることを知らなければなりません。(二三―八一)

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