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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

「天運相続」神様の心情と天運(1月2日)

Jan.2.2018 今日の訓読のみ言

「天運相続」神様の心情と天運

『文鮮明先生マルスム選集』

 

 天運とは何でしょうか。天の運勢です。人間の運勢ではありません。人運ではなく、天運です。「天」といえば、神様を意味します。ですから、神様のために生き、神様のみ旨と天国のために、地上であらゆる精誠を尽くし、そこに歩調を合わせて行動するようになるとき、天運がついてくるのです。   (204―57199071

 天運は、何についていくのですか。心情の潮流(ちょうりゅう)についていくのです。天運の「天」の字は、分けると「二人」になります。この「二人」というのは、何を意味するのでしょうか。真の愛を中心として一つになることを意味するのです。真の愛を中心として二人を一つにするのです。真の愛がなければ、この二人を一つにできません。ですから、天運は何に乗っていくのかというと、真の愛の心情に乗っていくというので。それでは、これからの世界はどのようになるのでしょうか。お金についていかず、知識についていかず、権力についていかず、天運についていかなければなりません。この天運についていこうとするので、心情問題が重要視されなければならないということです。(207―761990111

 天運の「運」の字はどういう意味でしょうか。「しんにょう」は道を意味し、「わかんむり」は「安」の字の「うかんむり」を象徴し、その間に「車」があります。ですから、「運」というのは、「走る車を安全に導く道」ということです。ですから、車が安全に走っていけるようにするのが「運」です。(207―761990111

 私たち人間は、天運というものを知りません。いくら国の運が良くても、いくら国が発展したとしても、世界的な情勢が大きく変動をもたらすようになるときは、その国家の運命も揺さぶられるようになるのです。いくら世界が基盤を築いたとしても、天運、この宇宙の運勢がそこに拍子を合わせなくなるときは、世界のすべての情勢も破局に転換するということを知らなければなりません。(204―135199076

天運の方向
 
神様のみ旨に従って天運が動きます
。人間は知らないのですが、この宇宙も、み旨の方向を中心として、天運に合わせて動いています。ですから、天運は、大宇宙の方向です。天運に乗ることによって、この世界が保護を受けることができるのです。(187―108198525

 いくら良い運をもって生まれた人でも、その家庭が(かたむ)く時は共に困難を経験するのであり、個人運と家庭運が良い人でも、もっと大きい国運が傾けば共に没落するしかありません。さらに、すべてのものを包括して、すべてのもののためにある天運の進行方向によって、国運や世界の方向が決定するのです。世の中で天道を立てるということは、すなわち個人や国家の行く道を、天運に合うようにするということです。(234―2581992826

 天運はどこに向かっていくのでしょうか。その終着点は、一つの善の主権世界です。そこに向かっていくときは、ただジャンプして行くのではなく、個人を通して越えていくのです。家庭を通して越えていき、氏族を、国家を、そして世界を通して越えていきます。そして、霊界と肉界が一つになるようにして、善の主権を中心とする善の憲法の宣布をするでしょう。そのあとは、後代の人たちには、個人を越え、家庭を越える闘争はなく、道理に従って進むことができ、その時が地上天国時代だというのです。(78―138197558

神様の心情と天運
 天運は、何を中心として回るのでしょうか。天運は、神様を中心として回るのです。それでは、神様は何を中心として回っていらっしゃるのでしょうか。御自身の心情と、事情と、所願と、目的を中心として回っていらっしゃるのです。ですから、私たちが天運の相対的な立場に立とうとすれば、神様の心情と事情と所願を知らなければなりません

19―7719671229

 今から天運の時代に突入するその時において立てられる、真の父母と真の子女と真の夫婦とは、どのような人たちでしょうか。そのような人たちは、人間の情に通じ、神様の心情に通じた人たちであり、神様の心情が胸にしみてくる宇宙的な苦難を体恤した人たちであり、神様の真の愛を中心として、「神様は私の父である」と言える、その何かを感じた人たちです。(3―2921958119

 神様を占領して、初めて安息できます。神様の心情を占領すれば、神様を占領したことになるのです。神様の心情を中心として万物万象を抱いてこそ、初めて天運が動き、天下の福がとどまるようになり、エデンの園が開かれるのです。神様と人間と万物、この三つが心情的に一つになった所が地上の楽園です11―3211962323

天運を相続するには「ために生きる」真の愛の原則の道を行くこと天運に乗ろうとすれば、原則的な道、原理の道を行かなければなりません

これが先生の生活哲学です。今まで40年以上迫害を受けてきて、みな滅びると思っていましたが、滅びる位置から跳躍し、より大きな世界に、より大きな舞台に発展してきたのです。天が協助できたのは、天理原則に一致した道を歩んできたからです。皆さんも同じです。  (149―18719861121

 世界の運勢、地球の運勢、あるいは天の運勢自体が、巨大な大宇宙の法度に従って動いています。地球も、地球自体が独りで回っていくのではありません。太陽系の一つの惑星として、すべての力とバランスをとって公転するのです。もしその軌道から外れれば、宇宙の破綻(はたん)の要因になります。ですから、全体が回るためには、その軌道が、常にこの宇宙の運動法則に合う力のバランスを維持しなければなりません。その位置で歩調を合わせてこそ、永遠に存在するのです。(24―2131969817

 天運の終着点は、み旨の完成世界にあるので、完成した人たちが暮らす所は、神様が法を中心として絶対的に保障する世界にならなければなりません。そのためには、善の主権が私自体を通して、家庭、氏族、民族、国家、世界を通して天宙まで連結されなければなりません。そのような世界で、「私は、道理に従う法の統治を受けることができる人だ」と言う人にならなければならないのです。

 それでは、皆さんが個人的に法の統治を受ければ、それでよいのでしょうか。違います。それは、家庭的にそうでなければならず、氏族的に、民族的に、国家的に、世界的にそうでなければなりません。そのためには、そのような内容を連結できる思想的体系がなければならないというのが、統一思想が見る観点です。(78―138197558

 人々は、「正しく生きなければならない」、あるいは「まっすぐに生きなければならない」という話をします。それでは、正しく生きるとはどういうことでしょうか。正しく生きなければならないという、その基準は何でしょうか。自分を中心としたものではありません。私たちが山にある木を見て、「あの木はまっすぐだ」と言うのは、自分が見る立場でまっすぐだというだけです。しかし、本当の意味では、地と環境を中心とする基盤を中心として見たときに、90度の角度に育てば、「その木はまっすぐだ」と言うことができるのです。

 これと同じように、私たちが正否(せいひ)を判断できる基準が何になるかというと、自分ではありません。で。公的な基準や自然的な基準は、道理に従い、天理を中心とするものですすから、そのような公的な基準を中心として正しくならなければなりません。
24―213、1969・8・1)

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