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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

真理審判時代(1月3日)

Jan.3.2018 今日の訓読のみ言

真理審判時代

4回万物の日  1966619日(陰暦51日)

韓国・青坡洞旧本部教会にて

 
 遠くない将来に、人類は統一の世界を成し遂げて、永遠無窮なる安心の福地として安着することができるようになるのです。

 それではその根拠地がどこなのでしょうか? それが、「心情の世界」だというのです。心情の世界において、父は、子供がなければ生きられず、妻は、夫がなければ生きられません。今後来たるべき世界は、真実なる世界です。今後、宿命的に勝利することができ、最終的に勝利することができるのは、どこまでも心情なのです。心情を革命させて、天道の基準を立てることのできる、新しい歴史観を中心とした世界観、人生観を創建することのできる、その主義が出て来なければなりません。それが心情的な人生観、心情的な世界観と宇宙観であるのです。これが歴史の期待するところだというのです。


それで、このような基準が出て来て、終わりの日の審判をするようになるのです。それでは、統一教会では何を言っているのでしょうか? 一番目は、真理審判です。真理から出て来た者は信仰で救いを得るのでなく、真理の合格者にならなければなりません

 本来、神は、み言葉を通してすべてのものを造りました。み言葉としての真理が完全でなくては、その実体が完全であり得ないので、真理が不完全であっては、実体も不完全にならざるを得ません。信仰基準も完全な真理に立脚せずしては、完全な人格を構成することができません。神と天地が願う、一つのその真理が出て来なければなりません。そのために、真理審判の時が来るのです。

 歴史は何を捜し求めて来たのでしょうか? 人格者を捜し求めて来ました。人を捜し求めて来る場合には、更に何を捜し求めて来なければならないのでしょうか? 民族を中心として、信仰と子女の過程を通じて来ながら、真理を捜し求めて来る世界は今日まで発展して来ました。今や人間たちは、行く所がなく、絶望に塞がれてしまいました。しかし、最後の是非の判定を決めなければならないので、これではいけないというのです。ここから、真理に満ちた新しい天地に入って行くことのできる、真理の開放運動が展開されなければなりません。

 そのために、ただ一つしかない生命の道においては、失望と絶望にぶつかったそのような環境を越えて、再び第二次生命路程に導くことのできる基準に至らなければなりません。それで、今まで歴史は、何主義、何主義と言いながら、真理を捜し求めて来たのです。完全な真理が出て来る時、世界は完全に統一されるのです。
 しかし、真理を通じて出て立つことよりも、もっと重要なことは、人格であり、その次には心情です。我々は心情を通して歴史的な神を知らなければなりません
 創造時代における神の心情と、堕落した以後の心情がどのようなものであり、歴史過程を経て来ながら、どのような心情をもってこられたのか、その歴史的な神の心情を知らなければなりません

 その次には、時代的な神の願いが何であり、神の心情がどうであるかをよく知って、未来的な神の心情を知らなければなりません。神は永遠なる存在であられ、過去、現在、未来を通して、その生命線を現実的な舞台において、今まで摂理して来られた方であったので、その方の心情は、歴史的な心情を慰労することができるものであり、時代的な心情を慰労し、未来の心情の前に温柔であることを我々が悟ることができてこそ、神が認めることができるというのです。

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