生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。
イエス様の慰労者となり慰安者とならせてください
「父の祈祷」 (1959年10月18日)
お父様!
きょうこの時間は、イエス様と歴史的な距離のある時間です。歴史には距離がありますが、心情の世界には距離がないということを知っています。歴史的なイエス様を信じる私たちとならず、心情を通して直接的にイエス様を知り、信じることのできる私たちとならせてください。
み言を語られたイエス様の悄然とした姿を慕いながら、心で悲しみ、その前に頭を下げることができ、訴えたその時の声を聞くことのできる徹した心、懇切なる心、恐れかしこまる心が、私たちの体と心にこもるよう許諾してください。
自分でも知らずに「お父様」と呼ぶことができ、知らない間に主の恍惚たる恩賜を感じて感謝を申し上げます。送られたメシヤの聖なる姿は天上が擁護し、敬うべき存在でしたが、地上に現れ、悲惨なる道を行かれたことを悲しみ、彼の苦労を案じ、彼の悔しさを悔しく思う私たちとなるようにしてください。その時の先知たちが行えなかったすべてのことを、きょう私たちが心情的に引き継いで、彼らを身代わりしてイエス様の慰労者となり、慰安者となるようにしてくださいまして、その方の前に望みの相対となるようにしてください。
イエス様はどれほどかわいそうな方でしょうか?民族を眺める彼の心は嘆息せずにはおれず、教団を眺める彼の心情は痛哭しか残っていませんでした。天倫の摂理に責任を持たなければならなかった彼の事情を、人間は知りませんでした。
事情に通じるべき人間たち、心情を分かつべき教団、共に生きるべき民族を後に置き、独り夜中に山中をさまよわれた彼の心情を知る者がいませんでした。きょう私たちは、イエス様を知らずに従い、イエス様を知らずに信じる者たちと同じにならないよう許諾してください。かわいそうな彼の心情をつかみ、限りなく泣いてあげることができ、限りなく心配してあげることができ、彼のために死の立場も意に介さない私たちとなるよう、許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げ、主のみ名によってお祈り申し上げました。アーメン。
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