今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

サタンを処断できない理由(7月6日)

July.6.2015.2015  今日の訓読のみ言   
 
サタンを処断できない理由
天聖経 「真の神様」 P.140

  今日、神学的な立場でも、もともと悪魔サタンがいたのか、いなかったのかということが問題となります。もし、もともとサタンがいたとするならば問題は大きいのです。全知全能の神様の摂理に対し、6000年間反抗してはそれを遮ってきた巧妙なサタンが初めからいたとするならば、このサタンを退治し、取り除くことのできる人があり得るでしょうか。問題となります。

 

 サタンはどこから生じたのかと考えるときに、もともといたという人がいます。全知全能の神様に反対し、本然の人類始祖を堕落させたサタンがもともといてこのような結果を招いたとするならば、サタンがいる限り、私たち人間が救われるのを願うことはできません。そうなれば結局、世界は二元論となり、二つの目的をもって世界は永遠に続くという結論が出てくるのです

            

 本来、神様のみ旨として立てられた創造理想世界は、堕落することによって築くことができませんでした。しかし神様は絶対的な権限をもった方であるがゆえに、外的な世の中がすべて変化したとしても、御自身は絶対的に変わることができないのです。悪魔にアダムとエバを奪われ、万物をすべて譲り渡しましたが、様は絶対的なお方なので本来、天使長である悪魔サタンまでも自然屈服させなければならないのです。神様はいてもいないと同様の立場に立って、絶対的な神様の権威を立てなければならないのです。神様は先に打つことができません。神様が悪なるサタンを打つことはできません。善なる神様が悪なるサタンを打つことはできないのです。

 

 全知全能の神様がどうしてサタンを一息に片づけてしまうことができないのでしょうか。それを片づけようとするならば、アダムとエバ、創造したものまですべて片づけなければならないという、愛の理想圏を爆破しなければならないという結論になるので、そうすることができないのです。絶対的な主人には、一度しようとしたことは絶対的に完成させるべき責任があるのです。それゆえ、よこしまな悪魔がいくら攻撃し、いくら迫害したとしても、立てられた道理を回復するために、歴史を抱いていかれる主人が神様であるということを誰も知らなかったのです。

 

 ところで、全知全能で絶対的な神様は、なぜ今まで人類がサタンに侵犯され、サタンの足の下で犠牲になりながらも、神様がいるのかいないのか分からないほどに、何も行使できずにいる神様となったのでしょうか。これは深刻な問題です。それは神様が治めることのできる国がなく、神様が治めることのできる民がなく、神様が治めることのできる氏族がなく、神様が治めることのできる家庭がなく、神様が絶対的に公認することのできる個人がいなかったからです。その個人が成立し、その家庭が成立し、その氏族が成立し、その民族が成立し、その国家主権が成立すれば、一時に悪なる国、悪なる国民、悪なる氏族、悪なる家庭、悪なる個人を処理することができるのです。そうしてこそ善となるのです。そうしてこそ神様の権威が立つのです。

 

 皆さん、サタンに勝つことができますか。知恵の王であられる神様もサタンの讒訴にかかればどうすることもできません。一国の大統領もそうです。ある条件に引っ掛かって国民がわあわあとデモをすればどうなりますか。首を切られるかもしれません。条件に引っ掛かれば全知全能の神様もどうすることもできません。大臣も条件に引っ掛かろうものなら、夕方には首が飛びます。ですから条件防御をしなければなりません。いかにして条件防御をするかという問題が信仰生活における極めて難しい問題です。ここに生死の問題がかかっています。

 

 私たち人間はサタンの愛を中心としてサタンの生命、サタンの血統につながってきました。これが問題です。このような位置には神様がいることができません。神様が干渉することができません。今まで歴史において全知全能な神様がなぜ無能な神様となってきたのでしょうか。怨讐となる立場にサタンが立ち、その怨讐は何を奪っていったでしょうか。神様の愛を奪っていきました。神様の愛の圏、神様の生命圏、神様の血統圏を蹂躙したのです。この概念を常にもたなければなりません。

 

 本来サタンは天使長でした。ところがその天使長が「私は堕落してサタンになったが、神様は全知全能の絶対者であるから、あなたの立てた法度を中心として解決しなければならないのではないか。私は法に背いてサタンになったとしても神様は全知全能な絶対者であられるのだから、あなたの設定した法を中心として実践すべきではないのか」と言うのです。

 

 なぜ怨讐を愛さなければ私たちの道を越えていくことができないのか説明します。これは原理の本にはありませんが、とても重要なことなので知っておかなければなりません。堕落した天使長が神様を讒訴しても、神様であられるがゆえに、たとえ天使長は堕落したとしても神様が立てられた法度を遵守せざるを得ないのです。神様は絶対者であられます。それゆえ天使長が堕落したとしても、神様は被造物を御自身の立てられた法則、規則に従って主管せざるを得ません。これは、神様が堕落以前の天使長になさろうとされたことが何であろうと、堕落したのちもそうせざるを得ないということを意味します。それゆえ天使長は神様に「神様、あなたは私を完成期まで、完成期ののちまでも愛されることになっています」というのです。

 

 アダムになろうとすれば、三人の天使長を治めなければなりません。天使長は絶対服従しなければなりません。絶対服従して絶対に愛さなければならないのです。神様に絶対順従せず、絶対服従できないサタンは、絶対服従すべき天理原則が残っている限り、原理原則が残っている限り、その原理原則をサタンの勝手にすることはできません。その原理原則に順応するしかないということをサタン自身が知っています。神様が全知全能であっても原理原則に反すれば除去されるのです。大統領でも憲法を通してこそ行使できるのと同じです。憲法になければ大統領も勝手にできないようになっています。

 

神様は神様の神秘的な創造力を活用して、サタンを屈服させるのではありません。自然屈服です

 


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