生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。
先生がこの道を出発した時に
1965年10月8日 早成寮にて語られたみ言
先生がこの道を出発した時に、死ぬのは何千編、何万編、覚悟したか分からない。死ぬのはね、今もそうである。しかし、一番恐れるのはね、先生は死ぬのを恐れるんじゃないよ。一番恐ろしいのは、何かというと、「先生がいなかったらどうするか」ということ。こういう摂理上の全ての事が分からなくなってしまう。誰が責任持つの、誰も責任持つ者がいないんだね。それが一番怖いんだ。そりゃ、霊界の事はよく知っている。今行ってもね、今晩行ってもね、何千年生きてから行く所に行く。それは同じだ。それは決まっている。
しかし、この世界は、人類は、先生がいなかったら、やるべきその責任を持ってやる者がない。それが一番恐い。恐いと言っても自分で恐がるんじゃないよ。人類の事だよ。君達はね、腹帯をしめて神の目的を中心にして、生命を懸けてぶつかるんだね。先生はね、死ぬのは恐くないよ。
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