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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

我々は摂理的な時をつかむべきである(1月9日)

Jan.9.2018 今日の訓読のみ言

我々は摂理的な時をつかむべきである

「宇宙主管を願う前に自己主管完成せよ」

1997325日 初版 発行

 長い歴史を持つことも重要だが、瞬間をうまく送ることが貴重である。寝て、食べて、する、ある瞬間が歴史的な運命が決定される瞬間であるということを忘れるな。一瞬間の失敗が一生の間積んだ功績を崩す。

 

 時は、知らない間に訪ね来て、知らない間に過ぎ去る。我々がみ言を受けるその日から私の終わりの日が始まり、希望の日が始まるのである。

 

 人の生命は有限です。時間は絶えず過ぎ去ってしまいます。ですから、時間を捕まえるべきです。だれでも、摂理的な時間をつかむことができるなら、大きな運がついてくるでしょう。そして、天宙的な観点を持っているべきです。皆さんが天宙的な観点を持っていれば、神様が役事なさるでしょう。(19857―19

 

 夜、深い夜は、神秘性が強いというのです。それゆえ、復興会をするときにも、昼間に復興会をするよりは、夜に復興会をするのがもっと恵み深いのです。それはなぜそうなのかというと、昼間には我々のすべての感情が分散するためです。すなわち、視聴覚など我々が五官で感じうるすべての感覚が全部分散しやすいのです。しかし、夜にはそうではなく、むしろ集中できます。すべてが私を包囲して、私を際立たせ、そのような圏内に私が自動的に立つために、夜には神様とともに恵みの役事をしやすいのです。神様も役事をよくしてくださることができるというのです。それゆえ、夜に食口たちを連れて庭で話すと、その話しは神秘性を帯びるようになります。また、部落、部落を往来しながら、食口たちを家まで連れていってあげる途中で話しをすると、その食口はそれを一生忘れられなくなるのです。その楽しみは何かで形容できないのです。そのような価値性を感じうる生活をする人は発展します。

 

 皆さんも12時を越え、一番鶏が鳴く声を聞くときまで、み言を伝えてみろというのです。どれほど神秘的であるか。静かでひっそりとした夜に、町内の犬たちが吠える声を聞いていきながら、み言を伝えてみろというのです。まるであかあかとした日差しを探し、新しい人生の道を打開していくようであり、灯台の光を探し、新しく航海する船長のような気分を感じるようになるのです。周囲が一様に神秘でいっぱいに満ちた世界を、独り行くような勇敢な姿、りりしい姿、荘厳な姿を感じるようになるのです。このような心情的なつながりを持つには、夜の時間を中心として指導せよというのです。それゆえ、夜や明け方にこのような活動を展開する必要があります。

 

 ところで、その対象が夫のいる女性の場合には、必ず問題が起こります。それをよく理解させて、夜の時間を尊重視させて、夜でも自分の環境を振り切って出てくることができるようにすべきです。このような心情的な原動力を持つことが必要です。そうして、その人々が、いかなる環境でも皆さんが指示する通りについてくることができるようにすべきです。これをまず、み言でそのようにしなければならず、その次には、行動でそのようにしなければならず、心情でそのようにしておけば、その人は伝道できる程度まで育てておかなければなりません。このようになれば、皆さんは、伝道した人を一人も失ってしまわないでしょう。(29―196

 

 今先生が行く道においても、私がどうすることもできない力に引かれていっています。皆さんも統一教会に来ては、ある大きな力が皆さんを追い出しているのを感じるでしょう。苦労して悪口を言われてこそ、むしろ力が出るでしょう。先生もあるときには、足が腫れて動かなくても、「こいつ足め、おまえは神様のためにいかなけりゃならん!」と言いながら、この道を進んでいます。今み言を始めて長い時間が流れましたが、時間観念なく話したら、時間が経つのも知らずに話し、聞いています。皆さんが時間が経つのを知らないでいるのは、神様の愛に酔っているためです。それで統一教会は、夜通しでみ言を聞いて語るのが常でした。(97―209

 

 このような場に集まった皆さんが、今日その父にお目にかかるなら、どんな心を持つでしょうか? 皆さんは楽に休みたいでしょう。しかし、今はそのような時ではありません。神様の胸痛む恨を解いてあげたい方がだれでしょうか? 民族を愛するその心を持って、民族の行くべき道を築くのに、先頭に立つべきです。開拓者の使命を果たさなければならないのです。(20―141

 

 世界がすべて寝入っているとき、ここで我々は統一しなければなりません。神様は、人が皆寝ている静かな時間に、神様のような考えをしている人を通じて統一しようとされます。(157―12

 

 先生もじっと座っていると、眠気が来るときがあります。しかし、若い人たちに仕事をさせておいて、一人で楽に居眠りするのは、良心が許しません。私はそれができません。絶対にそのようにできないのです。しかし、あまりにも疲れたときには、神様に許しを乞い、少し目を閉じるときもありますが、私の勝手に寝ることはしません。いくら疲れていても、その場でそのまま倒れないのです。私が願う目的を必ず達成しておいて倒れれば倒れるのであって、それ以前には倒れないのです。今もそのような基準を持って暮らしています。

 

 それゆえ、いい居所での経験や生活が、絶対的なものではないのです。新しいものを発見せよ・・・。新しいものを発見すべきです。年をたくさん取った人たちは、疲れるでしょうが、今まで慣例的なことに対して反対の立場に立つようになれば、そこに神様が共にいらっしゃるようになるのです。必ず神様が共にあるのです。(30―145



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