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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

人間の立場・我々の立場(2月3日)

Feb.3.2018今日の訓読のみ言

人間の立場・我々の立場

 

二次修練開講式におけるみ言196773

 

 統一教会で教えるその内容は何かというと、サタンを神の前にひきつれていって、讒訴をし得るその内容を教えている。それを教えてもらって何するか、これを、退けてしまった後には、本来の神が自分の親でる。自分の親である。我々は堕落した結果、今まで歴史観におきましての、孤児のようなみじめな、どれ程残酷な生活をして来たか分からない。この過去のことを思う時に、本当にくやしい思い、神に対して申し訳ない心を持つ時に蘇る心情の願いの心を持って、神に帰らなければならない運命になっている、これ人間であります。

 

 そうして、神の心情を中心として、再度生れなければならない、この再度生まれる、そういう運命を解決してくれるのが再臨の主であると言うんだね。

 

 

 人間もともと実体の、その、父母から生まれたんだから、その父母が偽りの父母であったんだけど、実体を通して生まれた。その反面に善なる、善なる父母の立場に立つ実体の父母がなくては我々実体が復活することはできない。再び生まれ、変ることは出来ない。そこにおいての、いろいろな、その悪歴に、従っておるすべての点を、これを蕩減させて、善なる立場に立ち得る、父母の前に立つ、という条件のもとに立って、それから、父母の愛情の関係を持ったという立場に立って、再び生まれたという、そういう条件を立たせなければならない。即ち接木をするような関係でもって君達は蘇るのです。分かる、接木?だから切ってしまう。

 

 接木をするには自分の今まで育ってきた全ての幹を切ってしまわなければならない。ある枝を切るんじゃないよ、これは、根本を切ってしまわなければならない。新しく()える、芽生えが一つもないように根本を切ってしまわなければならない。そうして、大きいその木を切って捨てて、小さい、芽をもらうというのです。貰うっていうんだね。これを、普通の人には分からない、普通の人から見れば、それこそ、あほなことはない。これをザックリ切って捨ててしまった大きな木よりその小さな芽を尊く思いながら、百%の生命力で、ひっぱらなければならない、吸収しなければならない。そうならなければ再び完全な木として、葡萄だったら葡萄の木とか、柿の木だったら柿の木になり得ない、そういう運命の過程を通過しなければならないのが、この世界に住んでいる人達である。

 

 そうなると君達も同じ者である。君達をどこから切ったらいい、切らなけりゃならない。どこを切るの、下を切るの、下、どこを切るの?下を切る、下を切ったら、何、切られる所ないじゃないか、足、足もと切るか?人はどこを切ったらいいの?君達はどこを切ってしまったらいい、切ってしまえ、頭が問題である。人間は、頭から命令されて働く、この目玉、目玉から見て、それから聞いて、それから、臭いをかいで、それから食べて、堕落した。これを、切ってしまえ、切って、切ってしまうんだよ、切って、どんどん切って、死んじゃうんじゃない、どんどん食べて死んでしまった。復活は、死ななければ、復活出来ないだろう。一度死ななきや復活できないでしょう。復活というのは、死んだものが再び生きかえったんだから復活ですよ、生きた者が、何、復活か、人間は死んでいる。だからどうせ、切られるものである。切るには日本刀で切るか、それとも木の刀で切るか、どうせ切るのなら、日本刀で切られる、素晴らしく、一遍で切ってしまう。もしも、木の刀を造って木を切ったらどうするの、え、どうする、君達はどのようになるか、どうせ切れる運命だったら、日本刀で、日本刀で、切ったらいい、なんの未練なしに、一遍で切ってしまえ、もしも、そうでなかったら、これは本物じゃない、君達は、今、新しき、復活の道へ向かって、親の故郷に復郷だね。故郷に帰るその道に立たされておる。どうせこの存在は、解決していかなければならない。惨めな運命である。それは我々の父母、その愛するお父さんを追い出して、その追い出したものが自分のその母を抱いて生んだものになってしまった。どこの世界におきましても認められないそういう存在になっている。それが姦夫である。偽りの父母である。あ、これを思うというと、自分の愛するお父さんを、その払い出して、自分の女を、自分のかあちゃんを、その追い出した者が、そうして抱いて、生んだ、いずこの、世界におきましても認められない、その者に対して今まで、従順にそれに服従して来たことを思う時に、これは堪り切れない。こんな血は気持良く切ってしまわなけりゃならない。分かる?(はい)。切ってしまうんだよ!(はい)。だから切ってしまうと、どうなるか、自分の存在価値が完全に無くなるんだ!完全に無くなる。じゃ、わしは、大学に行ってなになにを研究する、ああしょうこうしょう、切られた者がそんなこと考えますか。考える?(考えません)。考えられない。仕方なしに、だまておる。その生かす、その人によって、その事態が解決されるような、結果を持つ者が、死んだ屍である。権限をもつべき人間の姿がこんなふうになってしまった。偽りの愛を植えたその結果、世の中には、青少年問題において、偽りの愛情の風が世界的に吹いている。

 

 木の下で堕落した、その現象が世界的に結ばれている、そういうふうに植えたんだから、そういう習慣ついている。これが現状なんだね。分かるか?(はい)。分かる?(はい)。これを!切ってしまう。こういう愛はサタンの武器だ。こういう忌まわしい、こういう悲惨な、人類の性、サタンが目的として我々人類を根本から破戒しようというその武器を、片っぱしから、奪ってしまおう。分かるの?(はい)。

 

 若者達いい気になって、何言ってるか、なんとか言っていますが注意してやりなさ!そういう誘惑の踊り、蛇の踊です。性の時期に、そんな踊りになる。蛇がやるでしょう君達の中にも、そんな踊をした者がいるかも知れない。顔を見ると、そういう看板をつけている。そういうのを、我々は、どうするの?(切る)。切ってしまう。それでもって、世の中が、誤る誤ちの道を抜け出した、そういう人でもってサタンを永遠なる破壊する破壊圏を作ろうという、そう言うふうになっているのです。これを我々が完全に占領しなければならない。如何に占領するか、それを占領する方法を今から習うために君達は集って来た。占領方法を分かって、何をするかと言うと、まず自分が蘇り、そうして故郷に帰る。もともとの故郷に帰るのだから、もともとの善なる父母に会い、父母のその、血統的因縁を取り次いで、そうして神に逢う、その時の喜びは如何ばかりでありましょう。

 

 これは地上的に如何なる幸福なものも、いかに成功したものも及ばない栄光の世界に入るのであります。そうして神の永遠の愛に従って、無限の栄光の世界に於きまして、我々は、住むべき喜びのその世界、最高の平和圏に於きまして、万人共の兄弟姉妹として、神を中心とし、親として侍り、その世界に住まなければならないと言うのが、人間の使命である。それを思って、目的を完遂しょうとして世界に生まれてきたのが、統一教会であります!それを思う時、素晴らしい所に入って来たと思って、この修練会をがんばってやって下さることをお願いする。分かるだろう?(はい)。そして復活して先生と共に故郷に帰りましょう。(はい)。

 


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