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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

創造目的(1月11日)

Jan.11.2018 今日の訓読のみ言

創造目的

万物の日のみことば  1977617

マンハッタンセンターにて  

被造世界はすべて創造目的を持って創造されています。「万物」という場合に、その中には創造されたすべてのもの、すなわち自然界のすべてのもの、それに人間も含まれます。ではこの観点から見た場合に、創造目的とは何でありましょうか。それは、神様のみ旨を達成するということであります。み旨の達成とはどういうことでしょうか。それは、神様の愛を実現することであります。神様はなぜ、この被造世界を創造されたのでありましょうか。それはただ単に、人間や自然をながめるだけのためではありませんでした。

 

神様が被造世界を創造された目的は、神様の愛を完遂するためであったのです。たとえ神様が実在するとしても、神様が愛の神でなかったならば、すべての物の存在は無意味なものとなってしまうでしょう。神様が真に神様であり得るためには、神様は愛の神でなければなません。したがって、神様は万物を創造することによって、愛の神たる存在の意義を達成しようとされたのであります。

 

すべての人間は真の人間になりたいと願っております。では、真の人間とは何か。その定義は何でしょうか。真の人間とは、真の神の、真の愛を受けることのできる人間です。それでは、聖なる存在となるためには、人間はどうすべきでしょうか。人間以外の万物は、真の神から真の愛を受けるという目的のために存在しているのです。真の人間は、神からの真の愛を受けるために存在しているのです。

 

しかしながら、人間の堕落によってこれらの目的は、達成されなくなってしまいました。したがって人間の堕落以後は、神様の目的も成就されなくなってしまったのです。なぜなら、神の真の愛を受けるべき人間が、いなくなってしまったからです。神様は、人間を神の愛を受ける相対物として創造し、万物は人間から愛を受ける存在として創造されたのですが、中心存在たる人間が神の愛を受ける存在でなくなってしまったために、神様の創造目的は実現され得ず、したがって神様自体もまた、完成できなくなってしまったのです。

 

では、人間についてはどうでしょうか。人間は愛について良く語りますが、この世で人間が語り合う愛とは、はたして神様を中心とした愛でありましょうか。親は子を愛します。しかしその愛は、神様を中心とした愛ではありません。夫婦が愛し合うとき、その愛は神様を中心とした愛でしょうか。この世の人々が語り合う愛は、神様から離れた愛でしかありません。この世の人たちの間のあらゆる種類の愛、親子・兄弟・友人間の愛は、神様を中心とした愛でない以上、完全な愛とはいえません。

 

では、神様はこれまで何をしてこられたのでしょうか。神様は人間を創造本然の位置と状態に復帰しようとしてこられたのです。そのため、神様は宗教をたてられ、これを通して、個人的レベルから世界的レベルに至るまで、人間を復帰しようとしてこられたのです。原理が説明しているように、復帰は一人の人間から始まります。神様は一人の男を立てて、一人の女を復帰し、これによって一つの家庭を復帰します。そうしてそれを世界的規模に拡大するのです。この一人の完全な男性、これがメシヤなのです。

 

メシヤの存在が必要とされる理由は何でしょうか。メシヤが来られる目的は、人間の不完全な愛を完全な愛へと完成することであります。堕落によって愛は、サタンに奪われてしまいました。そこで神様はメシヤを通して、このサタンに奪われてしまった愛を取り戻し、純化し、聖なる愛へと高めようとされるのです。このためには、サタンの下に置かれている人間を復帰し、神様の真の愛を受けることのできる人間をつくることです。これがメシヤの使命なのです。

 

したがって、復帰された人間は、神様の愛を受ける資格を持つためには、愛の水準をより高い水準にまで引き上げなければなりません。復帰された人間の使命は、サタン世界における愛よりも高い水準の愛を神様の前に示すことです。神様とメシヤは、サタン世界にいる人間をそのままで愛することができません。神様がメシヤを送られた時、もし堕落世界にいる人間がそのままで復帰されるのであれば、世界の復帰は極めて短時間でなされ、長い復帰歴史は必要なかったでありましょう。

 

宗教の役割は人々に教え、彼らがサタン世界におけるよりも高い水準の愛を身をもって示すときに、神様の愛が始まるのであります。だから聖書には、「あなたがたは誰よりも私を愛しなさい、父よりも母よりも兄弟姉妹よりも誰よりも私を愛しなさい。さもなければ、あなた方は私にふさわしくない」と書いてあるのです。これが正に、統一原理の核心でもあります。

 

私たちはこのサタン世界の誰よりも、神様に対してより高い水準の愛を示すことのできる者にならねばなりません。なぜなら、そうすることによって、神様の愛を受けることのできる者となるからです。だから男も女もすべての人間は、神様とメシヤを最高に愛することによって、人間として完成することができるのです。この理由により、統一教会ではこの道を歩まんとする者は、神様とメシヤを愛するためにすべての愛を注ぐ七年間の路程を歩むことになっているのです

 

 堕落とは何か。簡単にいえば、神様を無視して、自分勝手な道を歩んだことです。神様の願う方向とは何かを知らずに、一生懸命働いても、神様から祝福を受けることはできません。皆さんが神様の願いを知って、そのために働くことは、つまり将来の配偶者や子供を幸せにするための貯金をし、道を直くすることになるのです。このように神様を中心として働くということが、サタン世界から脱却するために何よりも大切なことなのです。

 

サタン世界は個人から家庭、氏族、民族、国家、世界へとあらゆる水準に存在しています。したがって、神様の道を歩まんとする宗教者は、あらゆる段階においてサタンから防害され、攻撃されるのです。真の宗教者はこれらの迫害に直面しても屈することなく、サタンと対決し、これを乗り越えてゆく決意を持っていなければなりません。だから結論として言うならば、もし真に神様と人類のために、自分を犠牲にして努力する人々のグループがあるとすれば、神様は必らず、そのグループを通して働かれ、そのグループは必ず世界的になるでしょう。それは間違いない真理です。そのような立場にあるグループが統一教会です。


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