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今日の訓読のみ言友の会

生涯、真の父母様に侍り、天の摂理とみ旨のために歩まれた神山威先生が、2016年12月12日に聖和されました。「毎日わずかな時間でもいいので、み言を訓読してください」という先生の遺志を受け継ぎ、これまで通りみ言を配信してまいります。

公開質問状(3)


第三問、み言について


 


 教会本部は、お父様が「先生が霊界に行ったならば、お母様を絶対中心として絶対的に一つにならなければなりません。」(祝福二世の行くべき道、1994年12月24日)と言われたことを強調しています。しかし、その後に、「お母様が行く道は、お父様が立てたみ言と説教集を中心としていかなければならないのです。他のみ言を許しません。」と、お父様が続けて語られていることを隠しています。


 


 そして、お父様が聖和される前から準備が始まり、わずか数カ月のうちに、お母様の指示で、「天聖経」も「平和神経」も改ざんされてしまいました。ですから私は、「八大教材・教本の原本を絶対に改竄し、都合の良い言葉に変えるのは、絶対にダメです。後世に残すべき真のお父様の遺言です。」と話したのです。


 


 ご存じのように、お父様は、『文鮮明先生マルスム選集』千二百巻、『原理講論』、『天聖経』、『平和神経』、『家庭盟誓』、『天国を開く門・真の家庭』、『平和の主人、血統の主人』、『世界経典』の八大教材・教本を、人類への「最高の贈物」「遺言」だと言われました。そして、


 


「先生を愛しているなら、八大教材・教本を、先生よりもっと愛さなければなりません。」(2009年11月9日)、「先生のみ言以外は、絶対に信じてはいけません。あなたたちの言葉を付け加えることを最も嫌うのです。先生と神様が祝福して印を押した文書を改竄できますか?『平和神経』を読むときも、自分勝手に読んではいけません。絶対視しなければならないのです。皆さんの子孫の何千、何万代までも、愛し、敬うことができる内容が入っているのです。」(2007年2月27日)と言われています。


 


 お父様が、「先生と神様が祝福して印を押した文書」と言われているのは、「天聖経」を5回訓読されたうえで、2005年1月に出版され、その後も「天聖経」の訓読を8回まで続けられたこと、さらに「平和神経」を天国の憲法と定められ、2010年2月7日の訓読会で、「すべて成した!億万歳!太平聖代!億万歳!」と、八大教材・教本を天に奉献されたからです。


 


 にもかかわらず、お父様の聖和後、数カ月で、お母様の指示によって、赤表紙の天一国経典「天聖経」が出版されてしまいました。そのことを、徳野会長は、以下のように説明しています。


 


『天聖経』をよく調べてみると、同じみ言の内容が何度も重なっていたりする。それで真のお母様は、ご自身の存命中に、より完璧なものをつくることを決意された。…何百年、何千年と続く永遠の経典を作りたいとお考えなのです。…その(天聖経)中には幹部たちを個人的に厳しく叱責する内容も含まれています。お母様は、そのような内容は含めないでおこうとお考えです。」(トゥディズ・ワールド・ジャパン、天歴元年4月号〈2013年6月〉 


 


「八大教材・教本は重要です(が)、2000年以降のみ言が掲載されていない(ので)、より完璧なものを作りたいという動機で天一国経典『天聖経』が編纂された。」(トゥディズ・ワールド・ジャパン、天一国2年8月、2014年10月号)


 


私(お母様)が地上にいる間に、教派分裂が将来起きないように、教理を整理する必要がある。お父様もそれを願っておられた。…そして天聖経の内容のエキスのエキスの30%だけを残して絞って、そして新しい70%加えて、天聖経増補版が打ち出されることになった。」(会長メッセージ、2013年5月23日)


 


 こういった徳野会長の説明は、すべてお父様のみ言に反しています。


 


第一点、2012年12月29日に、「新天聖経」のための監修委員会がありました。それに参加したある委員は、「自分自身が、天聖経には重複する内容があるとお父様にお伺いしたところ、お父様の答えは、そのみ言を聞いた対象と時代的環境が違うのだから、同じ意味の反復ではないと語られ、手を付けるのではなく、そのままにしておけと語られた」(お母様への手紙、2013年1月5日)と証言しています。


 徳野会長、それでもあなたはお父様の「天聖経」は「完璧ではない」と考えているのですか?


 


第二点お父様が、「皆さんの子孫の何千、何万代までも、愛し、敬うことができる内容が入っているのです。」(2007年2月27日)と述べられているように、「天聖経」をはじめとする八大教材・教本が、「永遠の経典」なのであって、お母様が赤表紙の天一国経典「天聖経」など作る必要はないのです。


 


 すると教会は、「『八大教材・教本』を『人類のための遺言』であると宣布されたみ言は、天一国経典『天聖経』に掲載されている。このことは、「八大教材・教本」が大切であるから掲載してあるのだ。(だから)たとえ、天一国経典『天聖経』を絶対視することを強調されたとしても、そのみ言集の中に、八大教材・教本『天聖経』が包含されている。」(神山威元会長の講演文の問題点)と弁明しました。


 


 ここには、二つの誤魔化しがあります。まず、いくら天一国経典「天聖経」に、八大教材・教本に関するみ言が含まれていたとしても、その天一国経典「天聖経」は、お父様が定めた「八大教材・教本」には入らないということです。にもかかわらず、お父様の「八大教材・教本『天聖経』」の30%(徳野会長)が、お母様の「天一国経典『天聖経』」の中に包含されているのだから、お母様の天一国経典「天聖経」を絶対視すべきだというのです。こんな説明で、教会員が納得しているのが不思議です。


 


 徳野会長、あなたはお父様の「天聖経」が、「永遠の経典」と信じないのですか?


 


第三点、お父様は「先生の言った通りに『糞』と言えば『糞』と書き残せ、『拳』と言えば『拳』で残しておけ」(2008年8月17日、天正宮)と言われています。その意味は、私たちがどれほど「些細なことだ」、「不要だ」と感じた内容でも、お父様の八大教材・教本を一字一句、そのまま残しておかなければならないという例えなのです。すなわち、お父様に叱責された幹部が誰であろうと、そのまま残しておかなければならないのです。


 


 私が日本統一教会の会長時代に、お母様が日本に来られて講演されました。お父様が書かれた講演文の中に、「地の果てまで宣べ伝え」という言葉がありました。私は「世界のすみずみまで」としたほうが、わかりやすいのではないかと提案しました。同行していた朴普煕先生も同意し、お母様はそれを受けて、「世界のすみずみまで」と講演されました。それを、国際電話で聞いていたお父様は、敏感にそれに気づき、講演後にお母様を、そして私をひどく叱られたのです。


 


 お父様は、「今やすべて終わりました。もう手をつけるところがありません。その教材を先生は何百回も読んで、助詞一つだけ変わっても、いっぺんでわかります。」(神様の摂理から見た南北統一)と言われています。お父様がどれほどみ言を大切にし、精誠を込めて八大教材・教本を「人類のための教材」として残されたかがわかります。


 


 ところが、教会はすでに、2012年1月20日に発刊された「文鮮明先生み言選集」(594集~615集)を、図書館や関係者に配布しておきながら、お父様の存命中にそれを回収し、幹部を叱責した部分などを削除して、再配布しました。その削除部分だけでも、一冊の本になるほどです。とても「『真のお母様』は、み言の取り扱いにおいて誰よりも誠実です。」(太田朝久「神山威元会長の講演文の問題点」)などど言えるものではありません。


 


 すべてのみ言の根本である「文鮮明先生マルスム選集」から削除してしまえば、永遠にみ言が失われることを意味します。オリジナルを消されたら、後世の人たちは、み言研究のしようがありません。



 この明白な「み言抹殺」を、徳野会長はどのように説明するのでしょうか?


 


第四点、同じ監修委員のお母様への手紙にもありますが、「『平和神経』に載っているみ言こそ、2000年代を代表するお父様の最後の重要な教えを集約したもの」(2013年1月5日)です。「平和神経」は、2005年9月から2009年1月までのみ言を集めたものです。


 


 その「平和神経」には、「一番目に、神様のみ旨実現であり人類の究極的希望である、自由、平和、統一、幸福の理想世界実現という目的(のための)、真の家庭実現運動、唯物共産思想の克服、超宗教平和運動、人類一兄弟運動、超国家的平和運動、アベルUN運動、平和警察・平和軍活動などの(お父様の)驚異的な業績(が述べられており)、二番目に、縦的な神様の真の愛と真の生命と真の血統が地上で横的に安着するのは、アダムとエバを中心として子女と孫、孫娘、の三代の完成でなされます。(それで)真の父母様は、2006年8月28日、4人の御令孫を聖婚祝福されることによって、完結した四位基台である三代圏の理想家庭祝福圏の勝利基盤を立てられた」(まえがき)といったお父様の業績が書かれています。


 


 「平和神経」には、明確な“地上天国建設のためのビジョン”が示されています。ですから「御父母様は、(平和神経の)メッセージを『平和理想世界実現のために、全人類が進むべき指標にしなさい』と語られた」(まえがき)のです。そしてまた、私たちにも、 「『平和神経』を中心として、一点一画も違わないように生きなければなりません。」KMSネットニュース、2008年11月14日)命じておられるのです。この「平和神経」にある“地上天国建設のビジョン”を捨て去り、ただ教勢拡大だけの“ビジョン2020”に変えてしまったところから、今の混乱が始まったのです。


 


 お父様は、「真の父母様のみ言1200巻以上の中から要約、抜粋した『平和メッセージ』のみ言を、覚えるように耽読(たんどく)し、人生の指標とする」(平和神経)ことを願われています。このように、お父様が心血を注がれた「平和神経」を切り刻んで、恣意的に選んだ2000年代のみ言を入れた「新天聖経」や「平和経」など必要ないのです。


 


 徳野会長、こういったお父様のみ言を知らないのですか?


 


第五点、「教派分裂が起きないように『新天聖経』を作った」とのことですが、お父様は「天聖経」があるので、教派争いが起こらないと、明確に言われています。「新天聖経」など作れば、逆に、お父様が天に奉献した「天聖経」と、「新天聖経」のどちらを重視するかで、教会内に混乱が起こるのです。


 


「『天聖経』を千年万年子孫まで保管しなければならないのです。キリスト教がイエス様が残した聖書があれば、教派の争いをするだろうか?これ(天聖経)があることで、教派争いはできないですよ。」(2005年4月19日、イーストガーデン)


 


 事実、教会本部によれば、「新天聖経」ができたことによって、やはり「教会員の間において、天一国経典『天聖経』に対する賛否両論の意見」(「神山威氏の代弁者の批判」に反論する)があったようです。では、それがどうなったのでしょうか。同じ「反論」では、「公式見解で示されたように、二つの『天聖経』が明確に区別されていることで『天聖経問題』の混乱した議論は収拾され、決着しました。」と説明しています。そして、「黒表紙の『天聖経』は、現在も授かった各家庭で大切にされているだけでなく、そのみ言は訓読され、公的に引用されています。…お母様は、黒表紙の『天聖経』そのものには手を付けておられません。」(反論)と、お父様の「天聖経」を無視していないというのです。


 


 ところが、徳野会長は、「『天聖経増補版』は、決して以前の『天聖経』の価値を否定するものではありません。旧約時代におけるみ言と新約時代におけるみ言は、摂理的時代圏が違うが故に、内容は当然異なってまいりますし、その時どきの摂理の時にふさわしいみ言と理解していただきたい。」(会長メッセージ、2013年5月23日)と述べ、お父様の「天聖経」は古い時代のものであり、お母様の「新天聖経(増補版)」は新しい時代のものだと解説しています。


 


 これはおかしな話です。というのは、お父様が天に奉献された「八大教材・教本」は、「皆さんの子孫の何千、何万代までも、愛し、敬うことができる内容が入っている。永遠の経典」であって、古い時代のものなどではないからです。


 


 徳野会長、あなたはお父様の「天聖経」を、今の「摂理時代にふさわしくない」古い時代のものと考えているのですか?


 


第六点、徳野会長が、「お父様も教理を整理するのを願っておられた」というのは、「『天聖経』増補版監修案内書にあるもので、お父様が「死ぬ前にそれを整備しておかなければなりません。間違ったところがあれば訂正しておかなければなりません。」(み言選集、228-148)と言われたことを指しています。


 


 これだけ聞けば、いかにもお父様がみ言の不備なところを、お母様に整理してほしいと言っていたかのようです。ところが、このみ言は、1992年3月27日に日本で語られたものであって、それからお父様は訓読を重ねられ、「天聖経」、「平和神経」といった八大教材・教本にまとめられ、天に奉献されて聖和されたのです。ですから、「新天聖経」、「平和経」などを作る必要などないのです。


 


 徳野会長、あなたはお父様が天に奉献された「天聖経」が「不備」だと考えているのですか?


 


第七点、教会は「先生はこの本(天聖経)に関して、『これまでもお母様に準備を任せて、あらかじめ、あるかないか、準備したか、確認しながら生きています』と語っておられます。(2011年天暦9月号「トゥディズ・ワールド・ジャパン」)、このように、真のお父様は真のお母様に準備を任せ、お母様はお父様の指示に従って、一体となって同参しておられるのです。」(『神山威氏の代弁者の批判』に反論する』)と、お母様が、み言においてもお父様と一体であるかのように主張しています。


 


 しかし、このみ言の前の部分では「先生を知るならば、そのみ言は、これから世界が結束してもすり替えることができる本ではありません。私が出版を許しません。先生はこの本(天聖経)に侍りながら生きています」と言われています。つまり、そのような貴重な「天聖経」を、訓読の場に準備してあるかどうか、お母様に確認しておられたというだけのことなのです。


 


 そして、お父様は「訓読会を一生懸命にする、一番のチャンピオンは誰ですか?神様ですか、真の父ですか?(お父様です)真のお母様も好みません。ですから、私しかいません。」(1999年9月9日、中央修練院)と嘆かれています。実際、お父様の訓読会に参加したことのある人であるならば、訓読会が始まり30分もすると、お母様が席を立たれるのが常であったことを目撃したでしょう。み言においては、決して一体ではなかったのです。


 


 ですから、「今、お母様が行く道は、お父様が今まで立てたみ言と説教集を中心として、行かなければならないのです。他のみ言を述べるのを許しません。」(祝福二世の行くべき道)と言われたのです。


 


 徳野会長、あなたはお父様の八大教材・教本を中心とせず、「新天聖経」という「他のみ言」に従っていくのですか?


 


最後に、お父様のみ言を紹介します。


 


「先生を愛しているのなら、八大教材・教本を、先生よりもっと愛さなければなりません。そうしてこそ、自分が行くべき道、自分が暮らしていける未来の天国が準備されるのです。」(2009年11月9日)


 


「み言の中に誰かが新たに何かを手直しするのを願いません。その内容がなぜこのようになったのか知らないのです。あの世に行って、万民の前に審判されかねない讒訴条件に引っかかるというのです。ですから、むやみに手出ししてはなりません。」(2005年4月26日)


 


                         2015年1月14日    名誉会長・神山威


 








<参照>


お母様への手紙

シリーズ会長メッセージ  第12回 最新の摂理の動向と私たちの行くべき方向



 

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